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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)4264号 判決 1983年1月27日

原告

小林貴郎

右訴訟代理人

高藤敏秋

小林保夫

早川光俊

被告

秋山清香

右訴訟代理人

筒井貞雄

主文

一  被告は原告に対し金二〇万円を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  請求の趣旨

1  被告は、別紙物件目録記載二の店舗において、午後一〇時以降翌朝七時まで、いわゆるカラオケ装置を使用してはならない。

2  被告は原告に対し金一〇〇万円を支払え。

3  被告は、昭和五六年六月二一日以降、午後一〇時を超えていわゆるカラオケ装置を使用した場合、一日当たり三〇〇〇円の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  2、3につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求の原因

1  原告は肩書地に別紙物件目録記載一の建物(以下「原告建物」という。)を所有し、昭和二五年以降板ガラス・鏡等の販売をしている。被告は約一五年前から肩書地に居住し、所有の別紙物件目録記載二の建物(以下「被告建物」という。)にて、昭和五〇年一〇月一一日以降お好み焼店「駒」を営業している。従業員は、一、二名である。

原被告建物の位置関係は別紙見取図のとおり。

2  被告は、昭和五三年夏ごろ、店内にいわゆるカラオケ装置(テープデッキ・マイクロホン・アンプ・スピーカー等の装置を組み合わせ、伴奏音楽等を収録した録音テープを再生すると同時に、これに合わせてマイクロホンを使つて歌唱できるよう構成された装置の総体をいう)を設置した。お好み焼台上方にロープを張り移動式マイクロホン二基が設置されている。

被告の営業時間は、午後四時から深夜(翌朝三時、四時ごろ)にまで及んでいる。客は十数名がいすに座ることができ、混雑時は立つている客もある。営業はお好み焼であるが、主にビール等酒類が出され、客の主目的は、飲んで、カラオケで歌うことである。

カラオケ使用時の騒音は、原告建物における測定によつても六、七〇ホンにもなつている。

3  本件地域は、都市計画法における住居地域であつて、主として住居の環境を保護する必要がある。原告は夜、二階を居間兼寝室として使用しているが、原告建物二階は、北側全面・北東角が窓ガラスとなつており、被告建物入口もガラス戸となつていて、カラオケの騒音が北東方面から入つて来ており、特に夜一〇時以降の夜間の休息が著しく妨げられている。

4  本件カラオケによる騒音が午後一〇時から深夜にわたつていること、原被告建物が極めて近接した距離関係にあること、本件地域が住居地域であつて、騒音規制法の地域別規制によると、夜間は、発生源の境界地において四〇から五〇ホンの規制とされていること、以上の点からすると、被告のカラオケ装置使用は極めて違法性が強く、原告の感覚を妨害し、快適な生活をする権利を侵害していることが明らかである。

5  被告は原告に対し、長らくカラオケ騒音による加害行為をしたから、不法行為による損害賠償義務がある。これを金銭に見積もると金一〇〇万円相当である。

本件訴状送達(昭和五六年六月二〇日)後、被告は原告に対し、請求の趣旨どおり違法なカラオケ騒音による加害行為をしてはならないが、被告がこれに違反した場合は、一日当たり三〇〇〇円あての慰謝料相当の損害賠償を負担させるのが相当である。

6  よつて、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

二  請求の原因に対する認否

<省略>

第三証拠<省略>

理由

一成立に争いのない甲第六号証の一ないし三、第九号証の一ないし六、乙第四号証、原告主張の写真であることに争いのない検甲第一号証の一ないし四、撮影対象につき争いがなく、被告本人尋問の結果により被告主張の日に撮影されたものと認められる検乙第一ないし五号証並びに証人武田勝彦の証言及び原被告各本人尋問の結果によると、以下の事実が認められる。

1  原告は約三〇年前から所有の原告建物に居住し、そこでガラス屋を営業している。

2  被告は昭和三四年から所有の被告建物に居住し、昭和五一年から同建物の一階でお好み焼屋「駒」を営業しており、お好み焼のほかビール・ウイスキーなどを飲食させているが、昭和五三年春から客のためにカラオケ装置を店内に設置し、飲食に来た客にこれを使用させるようになつた。この設置に当たつては外への防音対策を講じることはなかつた。カラオケ装置使用による営業は午後四時から始まり、当初午後一一時を超えるのがほとんどで、深夜一二時を超えることもあつた。その後後記のように東大阪市から指導を受け、本訴を提起されるに従つて、営業開始を遅らせ午後五時とし、午後一一時までにカラオケ装置の使用を終えるようになつてきた。

3  原被告建物の位置関係は別紙見取図記載のとおりであつて、この付近一帯は都市計画法第二章の規定により定められた住居地域(主として住居の環境を保護するための地域)である。

4  昭和五三年六月七日、原告が東大阪市都市公害部公害規制課に、被告経営の駒から出るカラオケ騒音についての苦情を申し出たので、同課担当者は同月一二日被告に対し右苦情内容を説明し、午後一〇時ごろまでに駒でのカラオケ使用を中止するよう要望した。

5  その後の昭和五五年一一月一四日、本件訴訟提起準備のため原告は東大阪市の右課に駒からのカラオケ騒音測定を依頼し、これに基づき、同日の午後一〇時から三〇分間同課の担当者が測定したところ、原告宅前において、駒からのカラオケ騒音は四五ないし六〇ホンであつた。原告の要請に基づき、同年一二月三日の午後九時から一〇時一〇分までの間四回に分けて、東大阪市の担当者が再度原告建物の外からの騒音測定をしたところ、原告建物の外側東北角における駒からのカラオケ騒音はおおむね五〇ないし六〇ホンで、瞬間的に六五ないし七〇ホンを記録することもあつた。また、そのときの原告建物の二階炊事場東端窓における駒からのカラオケ騒音(原告建物の窓は開けた状態)は五〇ないし五八ホンで、瞬間的に六四、五ホンを記録することがあつた。

なお右測定時において、カラオケ騒音がないときでも四〇ないし五〇ホンの暗騒音が常に記録され、自動車や単車が近付くときなどは、七〇ホンないしこれを上回るホン数が記録されることもあつた。この暗騒音は主として、原被告建物の西方を南北に走り車の通行量が多い柳通り(別紙見取図参照)を通過する車両からのものである。

6  昭和五六年三月二〇日東大阪市は被告に対し、駒からのカラオケ騒音により付近住民から苦情が発生しているからということで、是正のため必要な措置を講じるよう指導した。このことに加えるに本件訴訟が提起されたことから、被告は同年六月二五日ごろ、被告建物のうち道路からの入口部分の三〇センチメートル外側全面にわたつて、厚さ一〇センチメートルの防音材を入れた厚さ一五センチメートルの防音壁を設置した。

7  この防音工事の後の同年一〇月九日午後九時三七分から一〇時五分まで、東大阪市の担当官が独自に被告建物の南側道路のはす向かい(原告建物の北東角付近で別紙見取図のガレージの北西角)において騒音測定したところ、自動車の通行音や付近の風呂屋における話し声からカラオケ騒音を明確に分離して測定することは、ほとんど不可能な状態であつた。ちなみに、自動車の通行音などでこの間終始五〇ないし七〇ホン程度の騒音が測定されたが、聞き分けられる駒からの騒音は、拍手の音も含めて四七ないし五二、三ホン程度が測定されたにとどまつた。

以上の事実が認められ、これらに沿わない原被告各本人の供述部分は措信できない。

二騒音によつて周囲の人の生活に妨害や悪影響を与えること、特に夜間の静かな生活を妨げることは、身体に対する侵害及び精神的安定への侵害となり、人格権の侵害となり得ることはいうまでもない。この侵害が合理的な限界を超え違法なものと認められるためには、騒音の程度及び継続性などの態様・地域性・行政的規制による基準との対比などの諸事情を総合して検討されなければならない。

そこでまず本件に関係する行政法規における規制についてみるに、騒音規制法四条一項は、工場又は事業場に設置される施設のうち、著しい騒音を発生する施設(特定施設)を設置する工場又は事業場において発生する騒音、及び建設工事として行われる作業のうち、著しい騒音を発生する作業に伴つて発生する騒音(同法三条一項、二条一ないし三項)の規制基準の設定について定めるが、これに基づき大阪府においては、騒音規制法に基づく指定地域の騒音規制基準(昭和四九年七月一日大阪府告示第九五九号)によつて、住居地域における騒音に係る排出基準は、朝夕(午前六時から八時までと午後六時から九時まで)が五〇ホン、昼間(午前八時から午後六時まで)が五五ホン、夜間(午後九時から翌日の午前六時まで)が四五ホンと定められている。

本件に直接関係する飲食店営業等に係る深夜における騒音については、騒音規制法二八条により、地方公共団体が、住民の生活環境を保全するため必要があると認めるときは、当該地域の自然的、社会的条件に応じて、営業時間を制限すること等により必要な措置を講ずるようにしなければならないと規定されている。また、環境庁では、昭和五五年一〇月三〇日付け環大特第一三六号「深夜営業騒音等の規制について」と題する各都道府県知事あて大気保全局長通達により、騒音規制法二八条に基づく規制についての留意点として、深夜において飲食店営業を営む者について、地域を考慮して、営業時間を制限し、又は音響機器の使用時間を制限することとし、その具体化として、音響機器の使用禁止時間はおおむね午後一一時から翌日午前六時(又は日出時)までの間とし、飲食店等において発生する騒音について、工場騒音に準じ、地域別・時間帯別に音量の規制基準を設定することと通達している(成立に争いのない甲第八号証)。

これらを踏まえて、被告のカラオケ装置使用の原告に対する違法性について検討する。前認定のとおり、原被告建物は幅約四メートルの道路を挾んではす向かいに位置し、被告建物の店舗の正面が原告建物側に位置していること、おおむね昭和五六年六月の本訴提起までの間、被告の飲食営業時間は深夜一一時を過ぎることがほとんどであつたこと、原告建物の二階において窓開放の場合、被告建物でのカラオケ装置使用による騒音は昭和五六年六月二五日ごろの防音工事施工までの間、通常で五〇ないし五八ホン、瞬間的に六四、五ホンであつたこと、東大阪市からの改善の指導がなされたにもかかわらず、本訴提起後に至るまでの間、被告は原告建物に対するカラオケ騒音被害について具体的な対策を講じなかつたこと、本件地域は住居地域であること、その他前記認定の諸事情に照らし、とりわけ本件カラオケ騒音は、騒音規制法に基づく指定地域の騒音規制基準を上回るものであつたことを考慮すると、原告建物で聞こえる被告建物からのカラオケ騒音は、昭和五六年六月二五日ごろの防音工事施工までの間、合理的に許される限界を超えて違法であつたと認めることができる。前記認定のとおり、原被告建物周辺においては、カラオケ騒音がやんでいるときでも、四、五〇ホン程度の暗騒音が常に存在しているのであるが、被告建物から聞こえる原告建物内での騒音レベルは右暗騒音を上回つていたのだから、このようなかなり高い程度の暗騒音が当時から存在していることをもつて、被告建物からのカラオケ騒音の違法性を左右することはできないというべきである。

次に、昭和五六年六月二五日ごろの被告の防音工事施工後においては、原告建物より被告建物に近い地点で測定したカラオケ騒音が、他の騒音から分離して測定することがほとんど不可能に近い状況にまで低減され、またカラオケ装置を使用しての営業も午後一一時までには終えるようになつたことに照らすと、原告に対するカラオケ装置使用の違法性はもはや解消したものということができる。

三防音工事施工までに被告のカラオケ装置使用による騒音によつて原告な被つた精神的損害について検討するに、右工事までのカラオケ使用が約三年間であつたことや、深夜までカラオケを使用していたこと、及び右判示の騒音レベルを考慮すると、原告はある程度の精神的損害を被つたといわなければならない。しかし他方、前認定のとおり付近に車両の通行量の多い柳通りがあつて、原告建物で聞こえる暗騒音もまたかなり程度が高いものであることも考えに入れると、被告のカラオケ装置使用開始からこの違法性が解消した防音工事施工までの間、原告が被つた精神的損害を慰謝するには、金二〇万円をもつて相当であるというべきである。

四以上判示してきたところによると、原告の本訴請求中金二〇万円の慰謝料の支払を求める部分は正当であるが、これを超える慰謝料の支払及びカラオケ装置使用禁止とこれに違反した場合の損害賠償の支払を求める部分は失当である。よつて右正当な部分を認容し、失当な部分を棄却するべく、民訴法八九条、九二条本文、一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(塩月秀平)

物件目録<省略>

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